SNSの手軽さと言葉の重み



SNSは大好きで一日に何回も投稿していますが・・・

コミュニケーションのあり方が変わってきて

リアクションのみで、ポンポンポンとやり取りするのが

自分ついていけてないな〜と感じています。


「ちょっとライトすぎるなあ〜・・・

親しき仲にもなんとやらなんですが・・・」

と思うことも、SNSを使ってるとやっぱりあって。

こういうマインドで使うと気にしてしまうのは

重々わかってはいるんだけど

相手に合わせてカジュアル仕様に変えてる自分にも

ちょっと疲れる時があります

使いすぎてそういえば最近肩がこる気がする。

しばしSNS休みです。

ソーシャルメディアデトックス。

松浦弥太郎さんの本を見ていた時に

松浦さんが連絡ツールで

ご友人がだんだんとカジュアルな言葉遣いになっていくのをみて

「親しいからといって、あまりに言葉がカジュアルすぎませんか。

会って話すならともかく、文字でのやり取りですから

互いに言葉の使い方に気をつけましょう」

と伝えたというエピソードが載っていました。

ご友人は「確かに。会っている時と勘違いしていたかもしれない」

と納得され、その後お二人は

「これからはちょうどよい言葉を使っていきましょう」

と会ってこんな風に話した、と締めくくられていました。


こういうことを言える仲の人がいるって

とてもいいなと思います。

また、カジュアルになっていく周りの変化に

自分が合わせていかなくては

やっていけないのか・・・と思っていたので

このエピソードを見たとき

「私は自分の言葉を大事にしてもいいんだな」と

少し肯定的な気持ちになれました。


SNSはワンタップで素早くリアクションできるのが

手軽で便利なコミュニケーションツール。

そういう機能を使うのが前提のものなので

誰がどう使うかは自由だと思います


誰かを故意に傷つけるようなことでなければ

使い方を制限するものではないので

使っている人の感じ方次第なところもあります


私は言葉を交わして相手を知りたいタイプなので

サムズアップマークだけの返答とか

ハートを二回タップするだけの返答は

友達同士でも私からはちょっと使うのを控えてます。

相手が使うことには何もいいません。


ただ単純にサムズアップのイラストより

「ありがとう」「可愛い!」「それいいね〜」

の方が伝わると思ってます。

それらを打つのは数秒のことなので

これからも、私はなるべく言葉を打ちたいと思います。

そういえば子供の頃

先生から採点されたテスト用紙をもらう時

「よく頑張りましたね!」のスタンプが押されてあるより

「いいね!」と赤ペンで書かれた方が

なんだか嬉しかったのを思い出しました


誰かに「ありがとう」を伝えるのに

面倒なことなどない、と思うので

感謝の時は「ありがとう」を

言いたいし、書きたいし、ちゃんと伝えていきたいです